『惡の華』
押見修造
第9巻
講談社コミックス
2013年8月初版
ページをめくるのが怖くて,手を止めてしまう.肥大化した自意識を持て余して,こじらせてしまった人の妄想を見せられているだけなのに,左胸の下の方が握りつぶされるような感覚がする.
9巻は,はじめて前向きなストーリーであった.これから一気に落ちる前触れではないかと怖くなる.
佐伯さんに説教されて,それが的を得ていて,深く傷ついた春日.常盤さんの彼氏が春日に先日のことを謝りたいとのこと.
『そうやって逃げ続けたらいつまでたっても同じだから』
佐伯さんとの再開は,相当きいているのだ.佐伯さんと別れた後の涙は,変わりたいといっているのに同じことを繰り返していることに対する涙だ.佐伯さんに言われたことは,本人も気づいていたんだろう.だから,涙するのだ.
授業で『山月記』が読まれていたが,これは象徴的だ.春日は,李徴の立ち止まって,虎になるほどに狂っていく気持ちを感じているのだ.現実を直視せず,立ち止まっていることへの焦りと不安,分かっているから虎になるのだ.
常磐さんとの彼氏と一応の仲直り.帰り道,常盤さんが
『…ねえ 私のことバカだと思う?』
.何か言いたげだけど,言わない春日.この間が好きだ.この間があるから,次の急展開がきゅ~と締まってくる.
クリスマスイブ,寒空の下,夜道で春日は内省する.自分は幽霊だ;8巻で春日がこういったときの常盤さんの表情がよかった.同じように常盤さんも幽霊だった.
『キミはずっと… ひとりで悩んで… 幽霊みたいに…』
この気付きと,変わりたいという気持ちは,春日に「悪の華」を握り潰させた.印象的なシーンだ.常盤さんと一緒に前に進もう.ここから脱しようという決意の現れだ.
ここからの超展開.常盤さんのバイト先の喫茶店に直行して,客や彼氏のいる前で告白する.
『常盤さん好きだ 僕とつきあってくれ』
直球ですよ.いいたいことの全てが含まれている言葉はいい.
『僕が君の幽霊を殺す 下りよう、この線路から』
彼氏に引き寄せられたときの,常磐さんの表情が全部示している.本当の私を分かってくれている人がいる.
これ,仲村さんと一緒に向こう側へ行くんだ,と変わらなくねえかと思うけど,まあいいんだ.
その後の幸せな時間は,抑圧されたものが爆発したような爽快感だ.
実際には,学校内ヒエラルキーが上の女と,底辺の男が付き合うなんてない.学校の馬鹿女たちが『選ばれた人』といっていた人と,春日みたいなのの話なんて合うわけがない.合っていなかった.常盤さんみたいなのが無理してそこにいるなんてことあるわけないと思う.けど,作者はよく分かっている.ヒエラルキーの下にいる男は,上の方にいる女子を恨めしく見ているのだ.春日と常盤さんが付き合うとは,『桐島部活やめるってよ』で橋本愛と神木隆之介がくっついちゃったみたいな,世界のルールが崩壊してしまうことだ.マンガでこれを実現してしまう作者の妄想には,正直共感する.
最後に,前向きに春日は中学のときのできごとに立ち向かいため,かつての街に帰ることをきめるわけだが,ここから春日は急落してしまうのではないかと,恐ろしくて仕方がない.常盤さんは果たして受け入れてくれるのか.仲村さんに再会するのか.次巻が楽しみで怖くて仕方がない.
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