2013年1月11日

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
"Do Androids Dream of Electric Sheep?"
Philip K. Dick
浅倉久志 訳
ハヤカワ文庫SF


 映画『ブレードランナー』の原作小説.映画とは主題が全く異なっている.映画は生への渇望が重要な要素だが,原作は人間がテーマだ.
 人間とは何か?SFでの重要な主題の一つである.この小説での人間とアンドロイドとの違いは,他者に共感する能力の有無である.
 この小説が書かれた当時は,ミラーニューロンは発見されていなかった.ミラーニューロンとは,霊長類の脳に存在する細胞で,共感に対して働きを持っていると考えられている.アンドロイドと人との違いはミラーニューロンの有無のみだとすれば,アンドロイドにミラーニューロンを装着できれば,それは人間となるのか.科学の進歩によって,新しい問題が浮上してくるところがSFの面白さだ.
 ミラーニューロンは霊長類のみに存在する機能だ.人間の特徴といってよく,ディックは非常にいいところを付いている.
 共感があるということは,自他の区別があるということだ.そうすると自我の問題が出てくる.共感できる他者が存在するからこそ自我が存在するが,共感によって彼我の境界が曖昧になったりするのだ.
 「共感ボックス」というガジェットが興味深い.自分に他者が侵入し,一方で自分が他者の方に拡散していく.そういう自己がぼやけていくことが,人間にとってはなぜか救いになる.「共感ボックス」はエヴァでの「人類補完計画」の簡易的なものともみなせる.
 動物を飼うということが共感を象徴的に表している.見栄のために動物を飼うということは他者の視点に共感するからだ.
 しかし,動物には感情がなく,当然機械じかけの偽物にも感情はない.だが,人間は感情のない動物に共感できるのだ.共感は相手の感情を模倣する能力であるにもかかわらず,共感の対象は必ずしも感情を伴う必要はない.
 マーサーという「共感ボックス」の先にいる信仰の対象が,偽物だということが明らかになっても,何も変わらなかった.人間は存在しない形而上のものにさえ共感できるのだ.脳の中に作り出した概念に,自ら共感することができる.自分で自分に共感するという内部での無限ループが人間には可能なのだ.
 自己がいて,他者がいて,その境界が曖昧になりながら,自己の内部では再帰的に共感が繰り返すという複雑なシステムが人間の精神であり,それが人間の人間たりうる理由なのだろう.

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