2012年11月23日

『魂の駆動体』

『魂の駆動体』
神林長平
ハヤカワ文庫JA





 道具の面白さとは何か.
 用途を実現するために施された工夫.機構の面白さ.形や加工技術,仕上げ処理の美しさ.しかし,最も重要なのは,やはり道具を使うことで身体が拡張されるということであろう.
 人間の身体,特に手は単体でも非常に完成されている.物を持ったり,振ったり,投げたり,運んだり.これほど多岐の用途に用いることの出来る器官は珍しい.
 道具を用いれば,完成された身体の能力を超えた力を得ることができる.てこを使えば,重量挙げを極めた人よりも重い物を上げることができる.投擲機を使えば,室伏広治よりも遠くに鉄球を投げることができる.そして,クルマに乗れば,チーターより速く走ることができる.
 速く走ることは,人間が進化の中で犠牲にした能力でもある.陸上の大型哺乳類はほとんど人類より速い.二足歩行を身につけた人は,速く走りたいという欲求を抑制されたきた.クルマはその本能的な欲求を解放する.単に移動の手段だけを目的とするものを本書では自動車とあえて区別している.クルマによって魂が解放されるのだ.
 本書は,クルマによって解放される喜び,そしてクルマをつくる喜びが描かれている.
 近未来の老人ホームと遠未来の翼人の世界.2つの世界でクルマを作るシーンは,読む方も何かを作るときのわくわくを呼び起こさせられる.我々も彼らとともにクルマを作り,完成の喜びを分かち合っている気分になる.
 製造業の事業のためのものづくり(大嫌いな言葉だが)ではなく,純粋な喜びのためのものづくりの感動を思い出した.

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