2012年11月20日

『東電OL殺人事件』

『東電OL殺人事件』
佐野眞一
新潮文庫


プロローグ
第一部 堕落への道
第二部 ネパール横断
第三部 法廷の闇
第四部 黒いヒロイン
エピローグ 



 先日,再審によりゴビンダ氏の無罪が確定した東電女性社員殺人事件.本書は,この事件の発生から一審の無罪判決までを追跡し,被害者の「心の闇」を明らかにしようとする.
 驚くべきは,被害者が堕落と呼ぶにはあまりにストイックに路上売春をこなしていたことである.誰しも堕ちるとこまで堕ちてしまいたいという願望を持っている.
『人間は,自分自身にもわからずコントロールもできない裸形の衝動をだれもがかかえこみ,針の先でつついた綻びだけであっという間に脱げてしまうようなかりそめの衣装に,それをつつんでいるだけのはかない存在なのだろうか.』p.505
しかしそれは普通,低きに流れる程度のもので,強迫的なものではない.一体何が彼女をそこまで追い立てていたのか.
 本書では目的とした被害者の心の闇を解き明かすというところにまではたどり着けていないものの,以下のような仮説を得ている.
『彼女は父親の男性性にはとっくに気づいていた.しかし,それは嫌悪感しか生まないものだから,ないものと否認した.否認することによって父親はますます「聖化」されていった.その「聖化」された父親が彼女の超自我にいわば憑依し,その超自我が彼女を堕落の道に追いたてていった.』p.527
『私は彼女が売春に走るようになったのは,役員入りまで目指した東電で,その目がなくなってしまったことにいやおうなく気づかされたからだと思っています.そのとき,父の死のショックによって発病した拒食症も再発しています.いわばバーションアップした拒食症が,性徹潔癖症を大きく反転させ性的自堕落の道へ追いこんでいく.』p.530
OLという言葉は今や死語である.わざわざ言葉を当てるまでもないほど,女性が企業で働くことがありふれたことになったのだろう.OLという言葉が使われていた当時は,企業に女性が異質な存在だったのだろう.同期の女性で唯一の管理職であった,被害者は特に異質な存在だったのだろう.
『私は男女雇用機会均等法の施行から十年以上たったいまも,女性にとって日本の会社はきつい,男性にとってもきついだろうが,女性にとってはそれ以上にきつい職場環境となっている,そしてその状況は以前とほとんどかわらないどころか,「平等」の名のもとにますますきつさの度合いをましているのではないか,と思わざるを得なかった.』p.508
時代の変革期には何らかの歪みが生まれる.この事件は,歪みがたまった部分が決壊したできごとなのだろうか.

 ただ一つ気になるのは,最初に
『繰り返すが,私の本意は彼女のプライバシーを暴くことではない.あえていうならば,この事件の真相にできるだけ近づくことによって,亡き彼女の無念を晴らし,その魂を鎮めることができれば,というのが私のいつわらざる気持ちである.』p.13
とある.しかし,事件の真相とは誰が真犯人なのかということであって,被害者を堕落の道へと仕向けたのは何だったかを解き明かすということと,興味本位でプライバシーを暴くことに差はない.根も葉もない噂や捏造はもちろん論外であるが,その点には筆者の偽善を感じた.

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