2012年11月26日

『流れよわが涙、と警官は言った』

『流れよわが涙、と警官は言った』
"Flow My Tears, The Policeman Said"
Philip K. Dick
友枝康子 訳
ハヤカワ文庫SF



 映画『ブレード・ランナー』の原作『アンドロイドは電機羊の夢を見るか?』のP・K・ディックの作品.本屋でなぜか平積みにされていて,表紙がかっこいいので,思わずジャケ買した.カバーのデザインは本を手に取る重要なきっかけである.映画『ブレード・ランナー』は観ていたが,ディックはこの作品ではじめて知った.
 非常に素晴らしかった.ただ,何がいいのかまだうまく説明できないが,今の感想を絞り出して,綴っておこう.

 これは涙と愛の物語である.
 TVスターのジェイスン・タヴァナーはある朝目を覚ますと見知らぬ場所にいる.有名人のはずの自分を誰も知らない.身分証も失われている.そして,すべての人の情報が保存されているはずのデータバンクにさえ自分の名前はない.タヴァナーは世界に存在しない人間となっていた.タヴァナーは,警察に追われながら,自らの存在を探すのだった.
 あらすじはハリウッド映画のような話である.
 タヴァナーは「スイックス」と呼ばれるアンドロイドで,『ブレード・ランナー』での「レプリカント」に相当する.スイックスは人間と同等で,社会に溶け込んでいる.人間より能力が高いので,社会的に活躍しているようである.
 しかし,スイックスは涙を流さない.感情もあり,恋人を持つ.しかし,タヴァナーが,ルース・レイの言葉を理解できない.
『愛しているときはもう自分自身のためにいきているんじゃないの,別の人間のために生きているのよ』p.196
『ジェイスン!嘆くのは人間,子供,動物が感じることのできるもっとも強烈な感情なのよ.それはすばらしい感情だわ』p.197 
『愛していなければ悲しみを感じることはできないわ――悲しみは愛の終局よ,失われた愛だものね.』p.198 
 自己犠牲の愛と喪失の涙が分からないのだ.
 一方,ロサンゼルス警察アカデミーの警察本部長であるフェリックス・バックマンは人間だ.愛に涙を流す.妹のアリスを女として愛し,アリスとの子供バーニーも愛す.そして,すべての人間を愛し,涙を流すのだ.
 すべての人間のために,自らを傷つけ,タヴァナーを生け贄にしても,戦う警官バックマンは悲愴的である.愛ゆえの悲しみを背負った姿が,人間なのだろう.



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